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日本語と朝鮮語は似ている。そのことから判明したこと。

2014-05-21 Wed : 韓国
縄文人 弥生人 
何十年も前ですがラジオ放送で日本の放送局の他に、日本語で北京放送やモスクワ放送が流されていました。その他朝鮮語や中国語も聞かれました。深夜などに朝鮮語特に女性の話を聞くととても優しくて美しいと感じました。またときに朝鮮語と日本語は似ているのではないか、そうだとすれば日本語もとても美しいのではないかと思いました。しかしなぜなのかはずっとわかりませんでした。
ところが「ねずさんのひとりごと」の中に答がありました。

「縄文人と弥生人は同じ人」の中でねずさんは日本人と朝鮮人の歴史から謎を解いてくれました。
<縄文人と弥生人は同じ人>より引用
では、北と南のそれぞれからやってきた日本人は、どちらが先に日本列島にやってきたのでしょうか。
これも、ほぼ答えが出ていることです。それは、おそらく最初に日本列島に住んだのは北方系であったということです。

なぜそのようにいえるかといえば、答えは言語にあります。日本語は、基本的な語順はモンゴル語系です。ところが単語の多くは、インドから東南アジア系です。
つまり、モンゴル系の語族の特徴の上に、南方系の単語が取り入れられて、日本語ができたということです。そして両者の言語は、3〜4万年という途方もない長い期間を経て混じり合い、日本語の型が生まれたわけです。
これが完全に、日本語の型として定着したのは、縄文末期頃であったろうという説もありますが、私は縄文中期には、すでに確立されていたであろうとみています。

なぜこうしたことがいえるかと言いますと、言語学的にそれとそっくり同じことが、実は朝鮮半島にも起きているからです。
朝鮮半島には、もともと倭人たちが入植し、いまの韓国の南半分は倭国です。

ところがそこに、武器を持った中華系や、北方遊牧民系がやってきました。
最終的に倭国は、かつて満州から撤退して人々が日本に帰って来たのと同様に、朝鮮半島から撤退し、日本列島にもどってきました。その結果、朝鮮半島内では、倭人たちの言語である日本語の語順(文法)の上に、すべての単語が支那語などに置き換わっています。

もともと朝鮮語なるものがあったのではないのです。もともと朝鮮語なる言語がもしあり、そこに高い朝鮮文明があったのなら、これまた長浜先生から教えていただいたことなのですが、朝鮮語には、民族の国語である「訓読み」がありません。全部、支那式の「音読み」なのです。

このことが何を意味しているかというと、古代において朝鮮半島にいた人たちは、もともと日本語によって文明を開かれ、言語を学び、それが支那か北方遊牧民たちによって征服されることで、言語の単語の読みが全部音読みに置き換わったということです。


日本語と朝鮮語は似ているわけですね。先祖の日本人が朝鮮で日本語を教えた。語順は残ったがその後単語が支那語などに置き換わったんですね。よく分かりました。
2002年文部省検定済みの中学日本史の教科書を注意して見てみました。
注釈に「日本語も、語法は朝鮮語やモンゴル語などと同じアジア大陸北方のアルタイ語系に属する。ただし語彙などには南方系の要素も多く、その成立はまだ明らかではない。」と書いてあります。
ねずさんの言う通りでした。う~ん、ねずさんは信用できる。

私は韓国のことをけちょんけちょんに悪口を言いますが、いいところは褒めますよ。
朝鮮語は音声がとても美しいと思います。いいところはこれだけかな。ただ朝鮮が光るのは日本人が関与したときだけだね。
以上朝鮮語が日本語と似ている件については終わりにしたいと思います。
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その他「縄文人と弥生人は同じ人」でススンダ朝鮮、オクレタ日本として洗脳してきた間違った教育を明快に否定しています。関心のある方は見てみてね。!(^^)!日本の歴史のことだから関心を持って欲しい。
なかでも東京大学名誉教授江上波夫氏の「騎馬民族制服王朝説」です。
<縄文人と弥生人は同じ人>より引用
それがどういう思想かと申しますと、概略以下のようなものです。
========
かつて日本列島には、鹿の毛皮をまとっただけの、ほとんど原始人のようなオクレタ生活をしていた縄文人たちが住んでいた。
そこに2500年ほど前に、朝鮮半島からススンダ稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。
そして縄文人たちを殺戮し、日本民族は入れ替わった。
========
というものです。そして、
========
入れ替わったはずの弥生人たちも、その後、なんら文明の進歩がないまま、意味のない古墳などの土盛りをして、豪族たちが勢力を誇示していたけれど、そこに7世紀になって、またまたススンダ文明を持った渡来人たちが朝鮮半島からやってきて、日本人に箸の使い方から文字、仏教などを教え、そのためようやく日本には、文明が花咲いた。
========
とされ、落しどころとして、
========
こうして朝鮮半島から常に大きな影響を受けることで、やっと文明化した日本人は、あろうことか明治以降、その朝鮮半島を征服し、若い女性をことごとくセックス奴隷にしたあげく、大陸においても残虐な人殺しをし続けた。
そうした日本人のもとになっているのが、弥生時代に渡来し、縄文人の男たちを皆殺しにし、縄文人の女たちを強姦し抜いた血に基づくものなのである。
========
と続いて、ぐるりとまわって現代と古代がつながるわけです。

これが要約すれば、戦後の文系大学を流れる大学教育の根幹にある「思想」です。
このようなものは、歴史でもなんでもない。ただの「思想」にすぎないからです。


アメリカに占領され自己保身で書いた論説が左翼に利用され、現在の私たちが迷惑をこうむっているわけですね。こんなの打破しないとダメですね。

そこに2500年ほど前に、朝鮮半島からススンダ稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。
そして縄文人たちを殺戮し、日本民族は入れ替わった。
まずここですが、もし今の日本人が縄文人から入れ替わったのならDNAは違うわけです。しかし縄文人と現在の日本人はDNAが同じであり血液は連綿と続いています。だから弥生人に変ったというのは無いですね。

小沢一郎が韓国に行って親しく学生たちに講演し一緒になって「騎馬民族征服王朝説」を唱えた。天皇って朝鮮人なんでしょ?といって馬鹿にする。この心理が分かりませんね。もし天皇が朝鮮人の子孫なら親しみ尊敬こそすれ馬鹿にすることはあり得ないと思いますが。韓国人は精神病ですか。
弥生人は呼称であって朝鮮から来たのではないので、皇族は朝鮮人なぞなんの関係もないですね。

次に稲作を朝鮮半島からもたらしたということになっています。しかし日本では6500年前すでに稲作は行われていました。朝鮮半島で稲作が行われたのは5世紀頃。稲作をやってない国からもうやってる国に稲作を伝えるなんて不可能。

BSで朝鮮から金ぴかの仏像が伝来し、欽明天皇はいたく感激したみたいな放送をやってました。それをみると、ああやっぱり日本より朝鮮の方が進んでいたんだなあなどとおもってしまいます。
ところがねずさん分解してくれています。
<縄文人と弥生人は同じ人>より引用
そもそも仏教伝来は、百済の聖明王(聖王)が、西暦552年に日本の欽明天皇に仏像や経典を献上したという出来事をいいます。この当時、百済王は、その跡継ぎの王子を、日本に人質として差し出しています。つまり、当時の百済は日本の属国だったわけで、属国である以上、その土地の名産品を朝貢するのが筋です。ところが百済には、名産、特産となるべきものが何もない。何もかもが、日本から教えられたことだったからです。
そこで、ばんやむをえず聖明王が、苦肉の策として選んだのが、支那の特産である仏像と仏教教典を、日本の天皇に献上するということだったのです。逆にいえば、百済が、どれだけオクレタ国だったか、ということです。


天皇は朝鮮人ではないし、稲作を教わったわけでも仏像をありがたくいただいたわけでもなかった。韓国は日本の属国だったのです。こういうことは日本国民は正しく知っておく必要があります。この真実は間違った誤解から火病にならないためにも、韓国人にもよーく知らせておく必要がありますね。
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