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仮病の麻原に死刑が近いか

2006-02-21 Tue : 裁判
95年3月、東京の地下鉄で3800人以上の死傷者を出した地下鉄サリン事件の首謀者麻原彰晃の裁判が東京高裁であったが相変わらず演技だか半分本当に頭がおかしいのか質問には無反応で裁判そのものには進展がなかった。

 しかし専門の医師に精神鑑定をさせると裁判はやりたくないが訴訟能力はあるということで、弁護団側から裁判を続ける趣意書というのが提出されないと死刑になる可能性があるそうです。

 2人殺して死刑になる犯罪者がいると言うのに何千人も殺しておいてそのことははっきり証明されたであろうはずなのになんで10年以上も精神鑑定をやって裁判をだらだら続けなければならなかったのでしょうか。
 これこそ国民の税金と時間の無駄であって裁判の高さを低めるものであると思います。

 裁判ではよく精神状態が問題になりますが、麻原は、当時高額のお布施をうまくせしめ何百人という信者を従わせ何百人の罪なき人の殺害を計画命令したその事で十分明確な殺害意志があったのではないでしょうか。
精神状態をもし裁判の必要な要件だとしたらその当時の殺害意志を立証するだけで十分ではないでしょうか。
 それをなんでわざわざ10年以上もたってしまった牢屋に入っているただただ罰を免れようとしてふにゃふにゃ気違いを装っている人間の精神状態をたいそうなことのように調べなければならないのでしょう。

 被告の判定するにあたって被告の精神状態とか殺害意志とかが問題にされるようですが、私はそういうものが判決に必要とも思っていません。
そんな偶然性の条件で決めるのではなく犯罪の結果に対して社会的な程度に応じて判定して罰を科するべきだと思います。

 一般的常識的にはそうなっています。
たとえば簡単な例をあげると、少年たちが住宅街の空き地で草野球をやっているとします。一人の少年がホームランを打ちました。そのボールは隣の家も窓ガラスを割ってしまいました。
 さて子も問題をどうするか、野球をやってること自体は悪くない。ホームランを打ったこと自体は悪くない。しかしボールがガラスを割った時点から問題が発生したんですね。
 普通は、この野球チームの代表かなんかがこの家に言って謝って弁償するんじゃないですか。全体として悪くても悪くなくても。
 それともホームランを打った少年の精神状態を鑑定しますか。精神状態でガラスを割ったことが悪かったり悪くなかったりしますかねえ。
 
 だから精神状態なんかを持ち出すから問題がとんでもない方向にいってしまうんであって結果に対して責任を持てば話は明確になるのです。

 妙なことに刑事裁判に限って大げさに精神状態が取り上げるのです。殺害意志が歩かないかで裁判の方向が決まるんだったら交通事故なんて酒酔い運転やよそみによる死亡事故もみんな無罪になってしまいますね、なにせ人を殺す意志ははじめから無かったんですから。

このように一般常識から言えば被告の精神状態や殺害の意志なんてものは全く問題にもならない。
 ただただ犯罪の大きさ程度におおじて罰を与えなければならないのです。

 話はちょっと飛びますが、麻原の三女が現在はさる大学に通っているものの過去に2回入学試験に合格しているにかかわらず入学を拒否されました。
裁判では三女の勝訴で片方は罰金もう片方は拒否を取り消しとなっています。

 麻原彰晃は極悪人ですが、子供は別人格です。もし犯罪にかかわっていたと言うのであれば別ですが、そうでなければ麻原と一緒くたにして在任扱いにするべきではありません。
 犯罪者の親や家族もやはり同じで親が犯罪を犯したものでないのに社会的な制裁を加えるのは非常によくない。
まして子供である場合は犯罪者である親に依存せざるをえない状況ではあるし一緒にいたからといって犯罪者扱いすべきではないと思います。
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