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亀田家を弁護する

2007-10-27 Sat : 時事
亀田を弁護?暴力団みたいな人たちを普通なら弁護などしない。
亀田大毅と内藤が戦った試合の後、発生したのはごうごうたるほとんどというより、すべて批判非難のようだ。
そうなるというと、天の川でもなくくじゃくでもないあまのじゃく虫が動き出した、人のいってるのとは反対の意見を出してやろうと。
 
 どんな立場の人もそれなりの言い分が必ずあるのであるのである。
それを聞いてやってから厳正に裁くべきである。

 能書きはそれくらいにして、この亀田家の問題と朝青龍の問題と沢尻エリカの問題には共通点がある。
三人とも当時マスコミがもてはやしていて人気が非常にあった。ところがどれもこれもやんちゃでわがままで野放図なところがあった。

それをマスコミが突いた。
非難批判が拡大しそのままでは業界にいられなくなるという雰囲気までいく。
すると本人の周辺の人間が謝罪をするように仕向ける。
で、本人は涙ながらか憔悴しきってか謝罪する事になる。朝青龍はまだだが。

残念ながら名前を忘れてしまったが沢尻エリカを批判するという入り方でインタビューを受けたあるベテラン女優が、優しい口調で「罠ですね。罠なんですよ。可愛くしてるのが、お得なんですよ」と言っていた。
とがめるふうでもなく、優しく諭していた。
よく周りの状況を理解しているな。

話がそれてしまったかに見えるが始めます。

弁護開始。

批判する人を3つのグループに分ける。
入場料を払って試合を見に行ったグループ。それ以外の試合をテレビで見たり反則などニュースで見た大多数のグループ。そしてこれを報道したマスコミというグループ。

まず入場料を払って試合を見に行ったグループ。
この人たちは試合を見る目的でいって試合を見た。たぶん興奮を味わいたくて行ったんですね。
そして目的を果たした。
映画館に入って「映画がおもしろくなかったから入場料を返せ」という人はいない。
入場したら入場料を取られることを知っていてなおかつ入場するからだ。

亀田大毅と内藤の試合を見たことで対価をすでに得た。それ以上興奮さえも得たはずである。
だからそれ以上の要求はできない。
「腹を切れ」という要求をしたり、正義を要求したりはできないのである。

次に報道だけをみた大多数のグループ。
この大多数のグループは入場料など払っておらず、テレビなどを通して試合に関係しているだけである。
書いたり喋ったり批判する事は自由だが、実際に圧力をかけて動かしてはいけないのである。
ある人間の顔や言動が気に食わないからといって集団でとおせんぼしてしたら犯罪である。
騒音や悪臭のように実害があるようなことでも即取り締まるのは難しい。

この大多数のグループは亀田家から何らの不利益をこうむったり損害を受けていない。
したがって亀田家に何らかの実質的な影響力を行使することはできない。

マスコミというグループ。
さらにマスコミは今回の試合によって何らかの不利益もこうむっていないし損害も受けていない。
それどころかもう何年にも渡って、亀田家をネタにパフォーマンスを面白おかしく報道する事でて多大の利益を受けている。
今度はマイナスのイメージを流す事でネタを作り利益を得ている。

利益を得ていた対象物を今度はおとしめているのである。
不道徳なのだ。
だからマスコミはコメンテーターや芸能人やボクシング関係者などを使用して個人を裁く何らの権利も持っていない。

したがってボクシングを通じて亀田家に関係する特定の人以外は、亀田家の人たちに実質的な何の影響力も行使することはできない。
以上で今回の試合に関して亀田家の人たちがいわれなきバッシングを受けなければならない何の理由のないことは証明された。

次にテレビやインターネットで私が知った亀田家に対するいろいろな非難について個々に当たってみたい。

亀田大毅が試合前に負けたら切腹する、と言った。観客が負けたんだから切腹しろと要求したというお話。
これはもうパフォーマンスで観客だって間に受けていない。
ある選手が試合前「リングでおまえを叩きのめしてやる」と息巻いていたが試合が始まってものの数分で相手にノックアウトされてしまったなどは、おかしくはあってもこの選手が嘘をついたなどと誰も思いはしない。
どちらが勝つか負けるかが分からないのが勝負なのであり、選手がいうのはそういう意気込みだと言う意味であり約束とは違うということを観客は知っているからだ。
だから切腹しろなどとせまるやつのほうがおかしい。

亀田大毅が内藤を投げ飛ばすなど反則をした、だから謝罪しろというお話。
メディアはしきりに「連続的に」反則を「繰り返した」と表現し、意図的に「連続」「繰り返し」が何か特別な意味があるかのように言っている。
が反則は反則なのだ。特別扱いはない。

だいたいボクシングそのものが過激な殴り合いであって選手にとっては無我夢中の一連の活動なのだ。
そのなかで投げ飛ばしたなどの反則をことさら取り上げて謝罪しろだの要求するのはおかしい。
判定で当然反則も考慮されて亀田が判定負けした。
これですべて完了している。後は何もすることはありません。

次に、父の史郎氏や兄の興毅氏が「玉を蹴れ」とか「ひじを目に入れろ」とか言って反則を支持したについての非難、その結果二人とも制裁を受けたお話。

審判がいる中で観客は一部始終を見ているしテレビでも報道されテレビカメラに記録されている。
だからそういう反則があれば即座にわかるんだよね。
無かったんでしょう?
だからマスコミが騒いだからって雰囲気でもって人を裁いちゃダメだ。
マスコミは反則の支持があったかどうか疑惑の目で見て問題化しているが、反則を支持しそれが実行されれば反則をきちんと取られる。それでいいじゃないですか。何の問題があるのか。
他のスポーツはそうなっている。
サッカーなどイエローかーどレッドカードなど罰則が決まっておりそれによって罰がくだされる。何も監督が支持したとか支持しないなど問題にされない。
反則を支持しようが支持しまいが審判がいて観衆がみているんだから結果で判定すれば済むことだ。
何も遡って支持があったかなかったか調べる必要など無い。
テレビカメラに映されたセコンドの音声を問題にしているがそれでは聞き取れなければいいのか、試合前に反則の打ち合わせをしておくなら問題は無いのかという話になってくる。
要するにくだらない追求なのである。
実行されもしないお話だけで犯罪者扱いにし制裁を加えるというのは法治国家の道を踏み外し始めることなのだ。

今回の何とかについて謝罪するうんぬんのお話。
史郎氏のとりあえず記者会見であれは謝罪になっていないだの非難の声があがっている。
が、謝罪とは何を?、誰に?。
反則をやったから対戦相手の内藤選手に謝罪しなければならないとでも言うのだろうか。
勝負の世界では反則は付きものだ。それをいちいちやったからと言って謝罪しなければいけないとなるとどうなんだろうあんまり格闘技やる人いなくなっちゃうんじゃないだろうか。
反則が行われたんならそういう判定がなされる。それで問題ないでしょう。
両者ともゴングがなったらすごい殴り合いが始まる事を承知でやっている。反則などそのうちの一部でしかない。
格闘技をやる人は、人一倍戦闘欲が強く勝気のため相手を許せないなどというかもしれないが、それが謝罪しなければならない根拠にはならない。
亀田大毅は車の中で内藤にもう謝ったそうだ。
そうしたところ内藤は「もういいですよ。これからがんばりましょう」と言ったそうだ。
ま、その程度のものってことですね。
謝らなくちゃいかんとする相手がもういいよと言ってしまえば、マスコミなど謝罪させようとしている根拠を失う。
そんな程度の根拠なんですよ。

では国民に謝罪しなければならないとでも言うのだろうか。
もうすでに論説したように試合を見にきた人にも大多数の一般の人にもマスコミにも亀田家が負うべき一切のものは存在しない。
謝るべき理由がないのです。
反則をしたから国民に謝れというのだろうか。
じゃあ、風太郎が交通違反をした。だから国民に謝らないといけないんだね?とこうなる。

大毅が反則をしたことでボクシングの品格を汚した、というのだろうか。
じゃあ聞くがボクシングは何に一番似ている?
答え、あらゆるスポーツのなかでボクシングがいちばん”けんか”に似ている。
すでの殴りあいだもんな。品格もなにもないもんだ。
だから反則が少々あったからってどうだっていうんだ。見てるほうも期待してるんじゃないの。興奮を求めているんだから品行方性で殴ったら「痛かった?ごめんなさい。仲良くやりましょう」じゃあつまらなくで誰も見にこなくなってしまう。

今日、興毅氏が会見で謝罪をしたようだ。
反則を支持した事は認めているし、謝罪してるし父史郎氏に責任転嫁もしていないしりっぱな謝罪だったんじゃないかと思う。

しかしなぜ大毅選手のたった一回の試合の後、亀田家全員の謝罪と今後の制裁という形になったのか。
マスコミは執拗に追い詰め協栄ジムの金平会長は3人に制裁を加え謝罪させないわけには自分の身も危なくなると感じた。
亀田家はボクシングの道以外では生きていけないので、しぶしぶではあるが謝罪の道を選択した。
生きていくのにそういう選択をした、それはそれでりっぱなことなんじゃないかと思う。

ここで注目しなければならないのはたった一回の失敗のため進退を迫られ一家が失業の憂き目にさらされた、ということだ。
マスコミはじめコメンテーター、タレント、元ボクサー、有名人果ては文部大臣や総理大臣まで大毅を非難させて、亀田家に愛着を感じていた人もいるだろう18歳の少年をよってたかって叩き、弁護するものはひとりもいない。

大毅はそんなに悪い事をしたのか。みんなの見てる前ですべてをさらけ出したんじゃないのか。
みんながテレビで見たままのとおりなのだ。隠れてるものは何もない。
誰だって失敗の一度や二度はある。特に若いときは。
変に厳しいのが進んでいるように錯覚しがちだが、それを許してやる寛容が経験を積んだ大人の社会だと思う。

弁護終了。

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時節がらひとりごとー河野談話

2007-10-12 Fri : ブログ
 不思議な事なことがあるもんだ。河野君のことだがね。
恥ずかしくて穴にでも入ってるのかと思ったらば、衆議院議長なんぞに納まって熊面120%露出してるし。
恐れ多くも天皇陛下の式典など催して熊の頭蓋骨なんぞ突き出したら美智子様に失礼だ。
で、河野談話 ???
間違えました、こうの談話でなくこの談話でした。ハハハ

 つまり、この談話。
秋が日に日に深まりましたなあ。コウロギがコロコロ、遠くで野犬がパオーンと鳴いて、ないか。
秋の夜長、パソコンに向かってブログを書く。

 しかしなんですなあ。ランキングで上位のブログは訪問人数がすごいですなあ。一日あたり何十人じゃなくて、何百人いや何千人ちゅうことことだと社会的影響力、少なからずありでしょうなあ。
訪問者が多い、するとやっぱり書く気になる。なるとまた訪問者が増える。
これは確かにいい循環だよなあ。

 しかし、影響力のあるブログゆえの不自由さもあるて。
ブログを書くったって文章がポコッと出てくるわけではない。
それなりのコンテンツを載せるには、毎日相当量の時間と労力を費やさなければならない。
根拠のないこと書けないんだろうからよくたくさんの記事を調べてるよね。時間がよくあるもんだ。
大変だよね、自分の時間相当削ってるよね。人事だけど。
 
 またたくさんの人が見ているので批判している側とかいろいろ微妙な関係を配慮して論評しなくちゃいけなくなる事があろう、
人事だけど。そうなるてーとストレートな表現じゃいけないかなあなどと思案しなければならない、
たいへんだなあ。人事だけど。

 それにあんまり著名になってしまうと、反対者から危害を加えられるなど、差し迫った現実が起きるかもしれん。
たとえばイスラムの神を冒涜したとして死刑判決を受け刺客を送られた名前忘れたがヨーロッパの作家の例など。
日本の場合も違ったケースで無きにしも非ず。

 それでだ。
そこへいくと人気のないブログはいいもんだ。長所ありですよ。
毎日書かなけりゃならんという義務感ははなからなし。
書いて影響を与えるであろう人々の感情を配慮して筆がにぶるということもなし。
ましてや身の危険を感じるということはさらさらなし。
時に社会的弱者の批判をしたり、時に有名人を汚い言葉で罵ったり、世間の常識と正反対の事を言ったりと。
好き勝手に。

 自由なんだよ、
誰に気兼ねすることなく、書きたいとき書きたいことを好きなだけ書く。
これだね。これが最高に重要なんだよ。
だから勝手に書くんだ。

 そう、自由だ、自由だ。
自らの感性で書くのだ。自由だ、飛んでいる、飛んでいる、飛翔している。
ハハハ、思想が飛翔してるんだ、ハハハ飛翔している。
ハハハ、ハハハ、ハハハのハ。

 パオーン!
 シーン

 誰だ!  「負け犬の遠吠え」っつったのは!!


 シーン

 誰も聞いてネーか。
            アホタレ! ホハ。

「沖縄集団自決」-軍の強制は無かった、で悪い?

2007-10-09 Tue : マスコミ
沖縄県民大会で11万人が訴えた、というのは嘘だったらしいですね。
朝日ほか有名新聞が何社もトップで扱っていたというので、てっきり本当かと思ったよ。
12人に1人が「集団自決に軍が関与したと言え」と言った事になるので、こりゃあ沖縄県民こぞってが同一性思考症候群に見舞われたのなとと思ったがそうじゃなかったらしい。
その意味いくらか救われたか。

沖縄県民のみなさまに申し上げたいのは、あなたがたも日本人でしょ?
ということ。これが大前提。

第二の大前提は日本人が生き延びるためには、自分を正当化しなければならない。
ということ。
外国人はいつもやっているが。

自分にいいところがまったくなければ様々な困難に耐えて生きていく気はしないでしょう。
自分が悪党で欠点だらけで現在も将来も良くなる事が全くないとしたら、即死んでしまっても惜しくはないでしょう。

だから選択肢はなくて自分を正当化しなければならない。

日本人が戦前より今日かわらず悪党なら、何も日本列島に日本人が住む必要ない。
中国人が住んでも朝鮮人が住んでもいいじゃないですか。
むろん沖縄にもね。

要は、生きるつもりがあるか死んでもいいかの問題だよね。生きるつもりなら日本人を正当化しなければならないし、がんばる誇りを見つけなければならん。
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」いやあハムレットが出てきちゃったね。かっこいい!!自画自賛 ハハハのハ。

さてしかも幸いな事にいい情報が関係者の誠実な調べで分かってきている。
「南京虐殺」では戦争中だからむろん戦闘行為があり中国人が殺されたのだろう。
しかし調べが進むと日本軍は規律が正しく大虐殺は無かったようだ。
「慰安婦問題」では軍は強制はしていなかった。女性は高級をもらっていたし、いやならいつやめてもよかった。
軍隊が兵士の生理に応じるための女性を持っていたというのは合理的民主的ですばらしい。
どっかの国の兵隊みたいに現地の女性を強姦しあげくは妊娠させて子供を生ませ、はいさようならと逃げてしまうのとどっちが上等だい?
「沖縄集団自決」日本軍が強制したのではないという調査が関係者の調べで最近分かってきている。

このように当時の日本人われわれのおじいちゃんやひいおじいちゃんのイメージのままで、残虐ではなかったよ、という誠実な調べが出てきている。
普通日本人悪くなったんだと言う証拠がでたらば、むしろなだれをうって執着して正当性を前面に押し出すんじゃないのかな。
日本軍は規律正しく戦闘中にもりっぱに振る舞い、戦地において残酷な行為はしなかった、でいいじゃない?

それをわざわざ残虐な悪党にしたいのかいな。われわれあんたがたの祖先なんだよ。
日本人が日本人をけなしていたら、お笑い草だよね。ケラケラ
中国人や韓国人が笑っているよ。

沖縄県民のみなさまは、あんまりマスコミや左翼の先導に惑わされずに自分の考えを勇気を出して言ってもらいたいですね。

歴史は繰り返すー韓国慰安婦&沖縄集団自決

2007-10-03 Wed : 名称未設定_21
慰安婦問題では、もともと反日の河野君が韓国が謝罪をせまっているのだからとりあえず謝っちまおうよと強制があったと言ってしまった。
安倍君の時になって河野談話を引き継ぐと言ってしまって、同盟国のアメリカまでが議会で許すべからざる強制があったことにしてしまった。
日本人は史上類を見ない悪質で破廉恥な民族である、とこんなことにされてしまった。
その時まあまあなあなあの波風立てないで相手の機嫌をおもんばかってきたことが、何十年経った今実際に日本に不利益日本人に侮辱として降りかかり今後子孫にも悪影響が及び続ける。

今まさに同じような間違いが行われようとしている。
今度新しくなった政権では沖縄県民に配慮する形で教科書の見直しが検討されるそうだ。
安易に事実出ないものを安易に認めたり謝ったりすると後々めんどうなことになるってことはこの間経験したばかりでしょ。
その間違いをまた繰り返すっての。

いまある教科書は「侵略が進出に変えられた」だのいろいろつっこみがあったのちのち作成された教科書でよほどそつなく吟味されたものだと思うがそれを変えるとは一体どういうことなんだろう。
県民の気に入るように事実を変える。
票が欲しいからなのか米軍基地を作らなきゃならんし微妙なところだが真実をねじ曲げるのかね。
」この政権も早くも怪しくなってきたのかな。

南京事件や慰安婦など中韓じゃなくて今度は同じ日本人がクレームをつけているところが変わっている。
どうなんだろ。日本人が日本人を過去にやったことを非難する。あんましよくないんじゃないの。
許してやったら。古い話だし当事者は死でしまってるか年寄りだし。

それで教科書を書き換えたのが悪いって言うらしいがそれで最終的にどうしようっての。伊吹文科大臣か福田総理を謝らせようっての。二人とも最近大臣になったばかしだしね。
天皇陛下に謝らせるか、平成天皇は戦争に関係してないしね。
県民大会など盛大に催してそれが何の日本の国益になるのかな。

沖縄県民の人たちは周囲に蔓延しているマスコミの罠にはめられずに、国力を強くするにはどうしたらいいのか、日本人全体からはどう見られるのか、考えてもらいたい。
日本を守るための最適の場所に位置しているんだから基地をもっと充実させ外国に侮られないよう強固なものとするようがんばってもらいたい。

なんだかんだと言ってしまっているオレ。ホハ、




沖縄県民に告ぐ

2007-10-01 Mon : 時事
9月29日に「検定結果の撤回を求める沖縄県民大会が海浜公園で開かれた」
参加者は主催者発表で11万人。
沖縄戦で集団自決が起きたのは日本軍が関与したからだ」

沖縄の人口が137万人で11万人が集まったとなると実に県民の12人のうち1人が集合した事になる。
これが事実だとすると、もはや沖縄県民全体が集団自決させた旧日本軍に憤りを持っているといえる。

そうなると軍の強制は事実なのか。
集団自決があったということはまことに不幸な事ですが、日本軍の強制はなかっと聞いていますが。
だからそこのところを調査してより正確な教科書を出版したのだと思いますが。
沖縄県民の方は、ただただ感情的にならずにそこのところをきっちりと較べてもらいたいもんです。

強制があったとしたいんでしょうがそれでどうなんでしょう、どうもよく分かりませんがそれであなた方は日本人が悪いとしたいんでしょうか?
あなたも日本人でしょう?
日本軍はわれわれのおとうさんやおじいさんののなかからでているんですね。
日本軍が残酷な強制したとしてその時沖縄の人たちも日本人なんですよ。
あなたがたも同罪じゃないですか。

日本人が日本人を馬鹿にして、結局国力を低下させて外国やマスコミの餌食になるような馬鹿なことはやめましょう。
沖縄県民は目を覚ましてください。
なーんてね。
ホハハ~ハハホ~ペケ。

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