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「人間の命は地球より重い」誰が言

2006-04-30 Sun : 未分類
人間の命は地球より重い」人間の命というものは大きな大きな地球より大切なものなんだ、この命の尊さを表現したこの言葉は長い間私の記憶に残っていました。
いったい誰が言ったのか、金言、のようなものなのかインターネットを見てみました。

 ありました。語源はヨーロッパ人らしいけれど、私が覚えていたのは1977年日本赤軍によるハイジャックがあったとき福田赳夫(たけお)元総理の言葉だったのです。
次期総理の候補に上っている福田康夫氏のおとっつぁんですね。

当時、犯人は乗客の命と引き換えに軍資金と仲間の過激派の解放を要求し政府は犯人の要求どおりにした。
この時発せられた言葉が「人間の命は、地球より重い」だったんです。
 世界はこのニュースを聞きあっと驚いた。日本政府は犯人を手助けしたと。
逃走した犯人たちはその後同様の犯行を繰り返しています。

当時の世界の中の日本の状況は今の日本とは違っていたのだろうし、乗客の命が危険にさらされている状況では他に選択の道はなく福田赳夫総理の苦渋の選択だったのでしょう。
ですから、いま福田氏を責める気はありません。

 しかし現在も同じような状況時の日本政府の対応ぶりは、連綿として続いているように思えます。
たとえばイラクの日本人人質事件が数回ありましたね。この時、民間人が捕まり犯人から自衛隊の退去が要求された。この時日本中が総毛だったように思います。
それほど日本人は命が質にされると国の方針を揺るがしてもいいような気になるらしいですね。

 しかし私は民間人が人質にとられ命と引き換えに政府に何か要求してきた場合、その要求に応じていいのか疑問です。
 われわれは、政府の出した方針に従っていれば安心して生活ができると思っているんです。
悪いことをした犯人は必ず捕まえてくれると思うから安心なんです。
それが犯人は解放するわ、金まで付けてやるわ、政府の方針は変えるわではとても安心して政府におまかせできませんね。

 オーム真理教のようなオカルト集団が人質を取ってビルに立てこもり政府に国会議事堂を明渡せと無理難題を押し付けてきた場合、人間の命が大切だからと要求を受け入れますかね。
 いかなる犠牲が出ようともそんなことしちゃだめですね。

 しかしながら私がここに取り上げたいと思っているのは「人間の命は地球より重い」という言葉なんです。
 長い間忘れていてはときおりふっと思い出すこの美しい言葉、私はこの偽りに満ちたこの言葉を粉々に撃ち砕きたいと思います。

 第一番目、「人間の命は地球より重い」ここで命と地球を比較していることに注意。
命は抽象的な言葉で、地球は大きいけれど実在するものですね。ここに第一のインチキがあります。
比べてはならないものを比べている。
 「金と心はどちらが大切か」という質問は冗談以外ではやっちゃいけないですね。
なんとなく金より心のほうが重要かな、やっぱり命のほうが地球より大切かなあと思ってしまいますね。でももともと比較できないものどうしですね。それを比較している。インチキですね。

 次、「人間の命は地球より重い」この中の人間に注意。
けっして他の動物や生物ではないんですね。人間なんです。
イルカでもないし、犬でもヤギでもない、人間なんです。
 命の大切さを訴えるのであれば、他の動物だって大切でしょう、動物だって人間と同じに命あるものですから。
しかし、大切なのは人間なんです。それ以外の命は大切じゃないんです。

 なぜ人間なのか、それはこの言葉を書いたのが人間だからです。そいつが所属している種が人間だったから「人間の命は・・」となった。ヤギだったら「ヤギの命は地球より重い」となります。
 誰か「ヘビの命は地球より重い」と言ったら「おめー馬鹿じゃないの」って言われるんじゃないですか、笑っちゃいません?
でも「人間の命は地球より重い」というのは「ヘビの命は地球より重い」と言ったのとまったく同じ事を言っています。
 この言葉がいかに人間のエゴに基づいたものであるかが分かりますね。

 「人間の命は・・」と言うとき、書いた人は自分の命を念頭に置いて書きます、自分だけがかわいいからですね。これを最初書いた人はヨーロッパ人でしょうが「人間の」と言うときの人間は広くてもヨーロッパ人まででしょう。
 福田赳夫氏が「人間の命は地球より重い」というときの「人間の」は日本人のことでしょう。インド人やイラク人ではありませんね。イラクで毎日何人もの人が殺されていますが「人間の命が地球より重い」式の命の大切さだったら日本政府は国を潰してでもイラク人の命を救わなくちゃなりませんね。
 本当にこの言葉を信じている人がいるとすれば、全世界で数秒に一人死んでいる現状ではその人はいてもたってもいられず寝ることもできずに気が狂ってしまうことでしょう。
 人間の命などと美しい言葉を言っていますがただ自分の属している特定のエゴをオプラートに包んで隠しているだけじゃありませんか。

 次、このフレーズがただ単に命の大切さを強調するために地球を持ち出したのでしょうか。だとすればとんでもない間違いを犯しています。
 「人間の命は地球より重い」この重いとしたところにトリックが潜んでいます。
普通「人間の命は地球より」とここまで書いてしまったのなら次にくる言葉は「大切」とか「貴重」とかくるんじゃないですか。
人間の命は地球より大切」とこう書くとすぐに「それはおかしい、人間の命って地球があるからじゃないの」という反論が出てしまって嘘がばれてしまいますね。その嘘がばれないように「重い」にしてあるんですね。
こうすればカムフラージュできる、インチキですね。

 さらに「人間の命」の後に「地球の重さ」をつなげてあります。この二つの観念には共通するものがありません。
「人間の命」と高らかに命の尊さみたいなものを謳いあげておいてその後わけもなく地球の重さがくる。だから命尊いよーと言われて急に別の何の関係のないものをぶつけられるもんだからそこで思考がストップしてしまい何も考えることができずに、なんとなく美しい言葉のような印象だけが残るんですね。
 かなり巧妙なトリックで人を欺いていますね。

 最後に指摘しておかなければならないのは、これが最も害悪が大きいと思える騙しです。
人間の命は地球より重い」というときの地球。
 われわれが現在その上に載っており,手で接することができながら決して肉眼では見ることのできない地球。地球は水であり空気であり母なる大地であり、マイホームでありわれわれの手にするもの見るもの食べるものすべてが地球が提供するものであり、地球なくしては人間はおろか生物は一瞬たりとも生きていくことができません。
 地球上のあらゆるものは地球の物質で作られています。人間を焼けば空気と水蒸気になって残るのはカルシュームくらいというのをみれば人間だって地球の一部だってわかりますね。
 また地球は圧倒的な力を持っています。人間が生きるのも死ぬのも地球のわずかのパワー一つでで左右されてしまいます。
人間がえらくなっても誰か富士山より大きなビルを建てましたか。
 地球は恐れながらも生命自身であり、生命がよって立つ基盤であり私たちを生きさせる環境であり私たち人間の器であると言えるでしょう。

 その地球を「人間の命は地球より重い」と人間と比べてえらく軽く扱っていますがこれってどうしたことでしょう。吹けば飛ぶような人間がそれによって命を育まれその中でだけ憩うことのできる地球が人間より軽いと言って馬鹿にするとは。

 もう一度言葉を見てみましょう、「人間の命は地球より重い」とどまることを知らないかのように増大する人間の命(自分のエゴなんですが)は、比較するものを一切許さないかのように取って付けた作った言葉じゃないですか。
これは言葉の暴力いや暴力そのものと言っていいんじゃないでしょうか。
 以上、「人間の命は地球より重い」という言葉を粉砕しましたが、この美しい言葉は網の目のチェックを軟体動物のようにくぐり抜け、目や耳から入り込みビールスのように増殖して日本人の心を変質させています。

この後この悪魔の言葉が及ぼした影響を見てみたいと思います。

 普通日本では人間の命が軽んじられて使われたり実際に表立って軽んじられているということはまずないと思います。もし日本人の命があからさまに小さなものと言っている団体でもあったら教えてもらいたいと思います。実際は逆で日本人の命が必要以上に大きなものとして扱われているのではないでしょうか。
日本人一人が事故や公害で怪我したり死ぬと何千万円や何億円と保証を要求されます。少なくても決して人間の命は軽んじられていませんね。
 ですからあらためて命の貴重さを言う必要性はありません。なのに「人間の命は地球より重い」と言うときは、何らかの意図、広く言えば政治的な底意があります。

 この「人間の命は地球より重い」は主に二つの文脈で捕らえることができると思います。
一つ目は増大させた人間の命を主眼にもってきた文脈です。
人の命がかかっているんだからつべこべ言わずにおれの言うことを聞け」という文脈です。
何かのことで公正な議論をいろいろな方面から議論しようとするとこの文脈で食ってかかって相手を沈黙させてしまうというものです。

 たとえば南京大虐殺のことで殺されたとされる中国人が10万人だ30万人だといろいろ人数が変動している。そこで正確な人数はどうなんだと資料を元に議論をしようとするとこの文脈が出てくる。
目玉むいて口を蛸のようにとんがらせて殺された人数がどうのこうのというが虐殺があったことは間違いないんだろう、一万人なら許されるんですか千人なら殺してもいいんですか?」とこうくるわけです。

 つまり、人間の命が殺されたんだから言い訳も議論もするな、黙ってペコペコ謝れとなりますね。
ここに「人間の命は地球より重い」の影響力が遺憾なく発揮されていますね。
 しかし戦争を知らないわれわれが過去のことで謝罪を要求されたら理由も分からず謝れって言うんですかね。
少なくもわれわれはその当時の状況を正しく把握しなければならないでしょう。
 
 この悪魔の言葉の支配で日本人は命のことを言われるとなんとなく考えることをストップされ謝らなければいけないような気持ちになってしまうところが恐ろしいですね。
 
 また米国産牛肉の輸入の是か非かを議論する段でアメリカとの同盟関係とか、日本の食品業者とか消費者とか多方面のことを話し合わなければならないとき、反対する人は牛肉に背骨が混じっていたことを取り上げて「人の命を守らなくていいのか」とこう言います。

 これは輸入をして食べればすぐ人が死ぬと言っているようなものです。背骨が病原体そのものであるかのように。
これも「人間の命」が増大して議論をストップさせていますね。
BSEの危険性がどれほどのものなのか現に同じ人間のアメリカ人が牛肉を食べていますがアメリカ人がこの病気にかかったということは聞いていません。
 日本の検査というものが的外れに厳しすぎやしないか偏見なく議論される必要があると思います。
こう検査が厳しいんじゃないかと書くと「完璧な検査というのはない。検査から漏れて人命が失われたらどうするんだ。検査は厳しい方がいいんだ」となる。
 だからそういうふうにしかものを見られないように洗脳されているから、多方面から議論しなさいと言うんですよ。
 
 憲法改正に反対するピンク色の服を着た社民党福島党首が「国民を見ずして改革なし、平和と暮らしが一番」とか「戦争反対・平和・人権・暮らしを守る社民党」などと交通安全宣言のようなきれいな言葉を繰り返し流していましたが、そんな言葉を聞いて「ああ、よく納得できた」と受け取る人がいるでしょうか。
前提条件無しなら戦争がないほうがいいに決まってるし、平和の中で暮らしていけるのが一番いいのは分かりきっているじゃないですか。
 
 そういうスローガンて分かったような分からないような、結局わからないんじゃないですかね。
討論などするとテンポよくポンポン反対の意見が出てくる。考えているんじゃなくてもう言う言葉が決まってるんですね。
ですから内容に元づいた突っ込んだ議論ができない。
そういうパターンの流れで憲法改正反対をやる。
 
 憲法9条改正の議論で日本の戦略的立場から必要性を説いても自衛隊は違憲だから改正が必要だと説いても「戦争反対、平和と暮らしが一番」と言って反対します。
 その根っこに在るのは詰まるところ「人殺しの国になってもいいんですか?」という例の悪魔のささやき「人間の命は地球より重い」です。憲法改正反対の根拠はここしかないんじゃないでしょうか。ここの場合には日本がある国から武力攻撃されたらという前提条件は考えられていません。
 ただひたすら戦争反対、平和が一番とワンパターンをやっつけているに過ぎないのです。
そして反論されると、伝家の宝刀「人間の命は地球より重い」です。
 この偽装された言葉を頭からぶつけることで相手をパニックにもっていき沈黙させる、このパターンですね。

 この金玉の名言の応用編は醜悪な姿を巧みに麗しい様相に変え私たちを欺いています。
これまで「人間の命」というフレーズにわざと過敏に反応して議論する相手を黙らるというある意味分かり易かったのが間にワンクッション置いたのです。
 
 老人、身体障害者、生活保護者などいわゆる社会的弱者などに関することで議論しなければならない場合のことです。
金玉の名言「人間の命は地球より重い」はいつしか「社会的弱者は地球より重い」となる。
社会的弱者をちょっとでも批判めいたことをいうとたちまち「人間の命」の文脈が生きてきて目を剥いて相手が人格を冒涜したと非難し公正な議論をストップさせる。
 
 これら特に障害者の問題点を表に出し明朗に議論するってのは多分タブーなんじゃないでしょうか。
老人問題、「お年寄り」などと言ってさも社会の功労者であるような扱いで、米寿だ100歳だと言って祝うが誰が養っているんですか、税金を払っているわれわれであり家族のものなんですよ。家族に金一封があったっていいじゃないですか。
 身体障害者は宝石でも触るようにはらはら宝物扱いされているが、いつも使われていないらしい駐車場や専用の便所が一番いいところに占めていて無駄ではないでしょうか、その辺行政の方で考えてもらいたいと思います。
 
 こんな事を言うとたちまち団体が目を剥き口をとんがらせて弱者の人格を傷つけた反社会的な行為をしたと非難するでしょう。
それほどこれらは日常的な議論はできないまだ開かれていない世界と言えるでしょう。
 これも「人間の命は地球より重い」の病魔が深く深く浸透してわれわれ自身精神的に半病人であることを意識し得ない結果であると思います。

 悪魔の言葉の二つ目の影響。人間の命のよりどころである地球、空気であり食べ物でありマイホームであり環境であり養ってくれる父、母である地球。それがなければ存在できない器、人間を構成している元素そのもの。
人間の命は地球より重い
これは自分を生かしてくれている存在、器、環境をないがしろにしている言葉であり自分がなんで生きていられるのか分かってないとんでもない言葉です。
 
 いわば親の世話になりながら部屋の物をぶち壊したり親に迷惑をかけたりと放っておかれたら自分自身が困るのに親のおかげで生きていけるというふざけた甘ったれのがきんちょとちょっと似ています。
したがってこの悪魔のささやきがもたらした二つ目の文脈は「それがために生かされている存在、環境をいたずらに攻撃する」です。

 ちょっと長くなったのでここらでおしまいにしておきます。
また別の機会に形を変えて言うこともあるかと思います。


 
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民主党の役目は何なのか民主党員は考えてほしい

2006-04-10 Mon : 民主党
 小沢新代表は、就任後「民主党の役目は政権交代だ」みたいなことを言っていますが。国民にとって大事なことは、われわれにとっていい政治をやってもらいたいのであり、われわれの生活が安心できること、日本人が誇りを持てることであり、政権交代などはどうでもいいことなんです。

 政権交代を前面に出しての戦いをしていたんじゃ目先が内向きになってしまっているのであり自分たちのことしか考えていないことなのであり、やがて国民はそのことに気づき見放され永久に政権は取れないでしょう。
 やはり国民の利益のためという大義名分を正面に打ち出さないといけない。
でも見せ掛けだけの大義名分ならやがて国民の審判が下り敗退に向かうことになるでしょう。

 今後小沢代表が中心になってどんな政策を出してくるかによって浮沈は決まってくるでしょうが、菅や岡田最近の前原氏と同じように突っ込み形で、4点セットみたいなくだらないことで国会を利用して小泉政権に絡んでいるようでは見込みないでしょう。
小泉政権は基本的に悪行を働いたわけではないですから、国会でいくら追及したところでなんの結論もでないでしょう。
 あんまり絡んでいると絡んでいる方を頼もしいと思わず、ひどいことだと思い絡まれている方に同情してしまうじゃないですか。
 
対立軸対立といって自民党に対抗する案を無理に出そうとするから本質と離れたくだらない争点であっちへ行ったりこっちへ行ったりはわほわしているんです。

 政治家は日本の進路を正しい方向に舵取りをしなければなりません。ところでいろいろな以外のさしせまった事情のある中で政治上の取るべきベストな案というのはいくつもないじゃないですか。
 それを民主党は無理やり対立軸をこしらえる。だからろくなものができない。

国民のためになるいい政治をやりたいと思ったら考えられるベストの案を提出するはずです。それが自民党と同じような案でも。

 結果が自民党とまったく同じ案でも誠実に打ち出せば国民はそれを支持します。

政権交代なんかどうでもいいじゃないですか。おまいらを楽しませるために国会議員にしたんじゃない。

しかしながら国民の関心はいい政治であって政権交代ではありませんが、議員の任期制度にあるように数年で議員が交代するのには意味がありますね。長年同じ議員が同じポジションにいると変な権力をもったり、変な癒着が出てきたりと国民が望んでいない良くない事態が生まれてきます。
 それを任期制度は防いでくれますね。

 政権交代にもそれと同じような役目が期待できると思います。長年居座っていたためにはびこっていた悪を浄化できるのです。いわば必要悪です、便所掃除のようなものですね。
このように政権交代自身は、消極的ながらも必要なものです。

 ですから民主党はいたずらにくだらない対立軸など出して国会でくだらない追及などしないで、小泉政権が郵政民営化でやるといったことをやらなかったら追求ししたり本質的なところで議論を戦わし、今後の政策のことで違いがあったら議論を戦わさなければなりません。

 政策案が自民党の案とまったく同じでもいいんです。自信を持って繰り返し主張すればやがて国民は支持するでしょう。

 なにしろ同じ様な党が2つあればやがて変えてみようという気にもなりますから。

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朝日新聞がテレビを見て何か言ってるよ

2006-04-05 Wed : マスコミ
中国の胡錦涛主席が「日本の指導者が靖国参拝を止めれば首脳会談に応じる」と発言したことについて、安部長官と麻生外相が日曜のテレビで批判的な発言をしました。
 そのことを朝日新聞は月曜の一面で書いています。

 このことから分かることは、朝日だってテレビを見て報道しているんだなということです。
 特別斑が専門的な立場から両氏に突っ込んだ調査をしたわけではないようですね。
朝日に入ってくる情報ははわれわれ一般市民と同じものでありそれをちょっと手を加えて印刷してくるだけなんですね。
記者が足を使って一生懸命情報を集めている、というイメージとは程遠いですね、楽な仕事をしていますね。

 話はかわりますが、火曜日の朝日新聞の社説では、安部さんが日曜日にテレビ番組でしゃべった事を元にしてさっそく批判を展開しています。
 
 中国から批判のあった82年の「教科書書き換え問題」のことです。
当時マスコミが、教科書検定で「華北を侵略」が「華北を進出」にかえられた、と騒ぎました。そのため中国がそれをいいことに日本批判を展開しました。政府も宮沢官房長官もそのとき謝ってしまいました。事実を確認して抗議すればよかったものをそれをしないでただただ誤ってしまったことがその後どんなに国益を損なったことになったかわからない、とこんな趣旨の事だったと思います。

朝日は検定で「侵略」が「進出」と書き換えられた事実はなかった、その限りでは安部氏のいうとうりで、当時のずさんな取材を率直に反省したい、といっている。(ということはいままでこのことで何の弁明も謝罪もなかったということ.反省じゃ足りない、反省は内向きのこと。外に向かって謝罪をしないとだめです)
 
 その後の文で、「中国との関係に限っても”侵略”の言葉を削られたり、”進入”に変えさせられたり変更が計4ヶ所あった」と言っている。
 
 どうもわかりません、最初っから「進出」に変えてないところが大騒ぎされて「進出」に変えられた4ヶ所の方は騒がれないというのは。

 あんたが中国様にもってまわって触れまわしたからそれをいいことに中国が騒ぎ出したんじゃないですかね。そうでしょう。

 私は今東京書籍という中学校の歴史教科書を見ていますが、「モンゴル帝国の拡大」というのがあって「チンギス・ハンは、民族を統一して国を建てると、西方に”進出”して・・・」と書いてあります。「イギリスの革命と海外進出」では「イギリスは産業の保護と対外”進出”を優先し・・」とあります。「東アジアの情勢」では「欧米列強のアジア”侵略”が予想される中で、政府は朝鮮に”進出”しなければ日本の前途もあぶないとし・・・」とあります。
 
こういう具合に中学の歴史教科書に”進出”といっぱい書いてあります。なにも侵略にしなかったからと不自然なところはありません。
 
 進出とか侵略とかはその文脈の中で適切に決めていくものでしょう。
それを「侵略」にしなかったからといって中国と一緒になって日本を愚弄するとはあんたはどこの国の新聞社なんだ、と言いたくなります。

 テレビを見て記事や社説を書く朝日新聞、よく調べもしないで自分の意見に都合のいい情報だけを集めて世間に垂れ流す。
 最近も世間をお騒がせした似たような事件がありましたね、偽メールだの永田なんとか議員だの紙っぺら一枚のガセネタを使って国民の持ち物である国会を使っておおっぴらにやってくれましたが、真実は偽。

 それがはっきりしてもすぐ謝罪せずまだ永田氏めざめないのか、さもまだ問題があるかのように言っている。
 朝日はこの永田議員そっくりといえるでしょう。
自分の意見に都合のいいガセネタに飛びつき散々非難、中傷を浴びせ世間を混乱に陥らせる、その後真実が明るみに出るとしぶしぶ反省するふりをするが、問題の本質は別の所にあるように語ってごまかす。

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日本人は善良でなければならない

2006-04-02 Sun : 未分類
 「日本人は善良でなければならない」
日本人が将来永きに渡って日本列島に存続していくためにはこれがまず自明なことであり、基本ではないでしょうか。

 過去も、今もまた将来もまったく善良になる見込みのない真正な意味の悪人だったらもはやわれわれはこの世に生きていて欲しいと臨みません、即刻殺してしまってもいいじゃないですか。

 わたしたちが生きていてもいい意味、それはいくらかでも善良なところがある、または将来善良になる見込みがあるということにほかなりません。
 
 だから日本人は生き延びるためには他がどうであれ善良である努力をしなければならないんです。
 
 これはした方がいいという程度のものではなくしなければならないんです。

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