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民主党はほわほわだ

2006-02-27 Mon : 時事
ホリエモンが武部幹事長の次男に送ったというガセネタメール問題で、国民の会議室である国会をつまらない話に使った永田議員と民主党は謝罪すべきですね。
 古い話まで知らないですがここんところ民主党が国会でやっている事はほとんどガセネタに近いつまらないことです。
この前の安部官房長官の案晋会。これも民主党の名前は忘れてしまいましたが若手議員が安部長官を呼んで高調子でヒューザーの小嶋社長との関係を関連付けようとしていましたね。実際は何の関係もなくただ安部さんの大学時代の同級生がかってに作った会であり安部さんは出席したこともなかったのでしたね。安部さんが「これこそ捏造といいたい」と非難したにもかかわらずその後ぱったり議題にのぼりもしなければ謝罪もしていません。
 元国土庁長官の伊藤公介議員も国会に呼ばれ昨年小嶋社長を国土庁の幹部に引き合わせたという黒い関係を追及されています。そうして長官と小嶋社長がマンションの鉄筋の数を減らして震度5でも倒れるマンションを建てようと密約していたとでもいうのでしょうか。

 マンション偽装問題で民主党がいくら政府の責任を追及するようなジェスチャーをしても結局はなにも政府が悪いということにはならないでしょう。建築の審査は民間がやったことであり最終的に国にあるにしてもわざと悪意で鉄筋の少ないものを認めたわけではない。だから責任の追及しようがありません。民主党がやっていることは、なんとか偽装問題を国の責任とひいては政府と結びつけてを不利なイメージをつくっているだけなんです。
 ライブドア問題しかり、これも武部さんがホリエモンを自分の息子だと言ったとか似顔絵かいたとかライブドアの本質を見抜けなかったとかいろいろ言っていますが、去年の衆議院の選挙のときはホリエモンは犯罪者ではないですから。立候補の要件を満たしていない人以外は誰でも立候補できるのが民主主義ですから。
 選挙で自民党を応援してくれる人なら誰でも歓迎して受け入れるのが普通でしょう。その時は犯罪者ではなかったですから。もし自民党として立候補して当選し今回のように逮捕されたのならば国会議員をやめなければならないのは当然のことになります。なんの矛盾はありません。
 よく小泉政権がホリエモンの本質を見抜けなかったとか言うけれどもそれは欲というもので1から10まで先を見抜けるものではありません。それだったら郵政民営化の衆議院選挙で自民党が圧勝すると公然と発言すればよかったでしょう。

 姉歯元建築士が国会ではっきり私が計算をごまかしました悪うございましたといっているのにそこの所の責任はどっかにほうっておかれて問題を四点セットじゃないけれどあっちへ行ったりこっちへいったり、だから民主党は住民のことも国民の税金のことも考えずにただただ自民党を悪いイメージつくりしようとしているとしか思えません。
 総研の名前は忘れましたが何とか部長が木村建設に鉄筋の数を減らすよう指示したコピーを若手の民主党議員が手に入れて国会で総研の社長を追及している図がありましたけど、今度のメールの騒ぎも元はと言えばそれじゃないですかね。永田議員、それらしきコピーを見ちゃったもんだから単純な頭に血が上ってガセネタを信じた。
  
 前原代表を応援していたのにな。一両日中に永田議員と執行部が何らかの謝罪をするようですがこれも「楽しみにしていてください」ですか。
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麻原には死んでもらわなければならない

2006-02-25 Sat : 裁判
 まさか過激な発言などとブログを削除されるんじゃないでしょうね。オーム真理教の教祖麻原彰晃が裁判で死刑をめぐって裁判が行われている公然の事項を単刀直入に言ったに過ぎませんから。
 
私の言っているのは簡単なことで、11年前の地下鉄サリン事件で多数の死傷者を出しそれを計画し実行を指示した麻原は責任を取れということなんです。誰の頭で考えられ計画が練られたのか、実行犯のほうが刑が早く確定し死刑になり犯罪の大元がのうのうとしている。
 
人の生命にいっさい手を下していなくても実行した者より犯罪を計画し指示した者が一番悪いのでありその逆ではない。
 この事件の場合、サリンを電車ないでまいたらどうなるか実行犯が知っていたからその者の犯罪が明白になったのだけれどもし指示された者が犯罪とは知らずにがただ袋を置いたのだとすればどれほどの罪を問えるのでしょうか。事件の本体は際限なく拡散し犯罪の本質がどこにあるのか分からなくなるでしょう。

  多数の無くなった方が亡霊となり解答を求めて「なぜだ!」と叫んでいることでしょう。罪を犯したらそれに対して罰をあたえる。これが事件をうやむやにしてしまわない明朗なことだと思います。

  麻原はだんまりを決め込み馬鹿のふりをしているがそれを弁護人は犯罪は大きすぎて消せないものだからは訴訟能力が無いなどとなんとか罪を軽くしようとしている。国民の税金を10年以上も使ってなんとも無駄なことをしているのではないでしょうか。
 現在の訴訟能力がどれほど重要なものなのでしょうか。犯罪が行われるとそのときの精神状態が問題視され今度は裁判のときになるとこのときの精神状態が問題にされる。刑事事件になる犯罪が行われてしまうと裁判では突如として心の状態を懇切丁寧に取り調べられる。殺された被害者の方たちは文句を言いたくても言えないというのに。いたれりつくせりではないですか。われわれ民間人は税金を払って四苦八苦で生活しており中には失業して金に困ったり、自営業者では倒産して自殺する者も多数いる。そのとき心の状態を国や弁護士が聞いてくれて保護してくれたなら死ななくて良かったものがいっぱいいるのじゃないでしょうか。犯罪を犯してしまってから心の状態をきく。
 犯罪をすることがが一種の公共機関の手続きかなにかのようになっています。民間では好むと好まざるにかかわらず生きていくためにしゃにむに活動しなければならないが、そこに入ると暴力非難からは完全に隔離保護され。寝食昼寝つきおまけに心の状態まで聞いてくる。これじゃ犯罪はなくなりませんね。

 犯罪を取り調べて間違いが無いのかかくていしたらあとは罰を犯罪の程度に応じてどう決めるかだけだと思います。犯された結果に対して判決がくだされるべきであり現在の心の状態を問題にするのは犯罪の所在を塵のように拡散してしまうものであり犯行時の精神状態がどうだったかとかさえ問題ではありません。
 心の状態ではなく結果から責任を決めるのは世間の一般常識になっています。

 もし多数の死傷者を出した麻原が精神状態とかでうやむやにされるのであれば、こんなにもたくさんの死者、大きな社会への被害がなんの解決もみずに闇に葬られるのでありこれより小さな犯罪は全く小さな罪でしかないということになり死刑制度そのものが全く意味をなくしてしまうでしょう。

麻原彰晃の精神鑑定は

2006-02-21 Tue : 裁判
95年3月、東京の地下鉄で3800人以上の死傷者を出した地下鉄サリン事件の首謀者麻原彰晃の裁判が東京高裁であったが相変わらず演技だか半分本当に頭がおかしいのか質問には無反応で裁判そのものには進展がなかった。

 しかし専門の医師に精神鑑定をさせると裁判はやりたくないが訴訟能力はあるということで、弁護団側から裁判を続ける趣意書というのが提出されないと死刑になる可能性があるそうです。

 2人殺して死刑になる犯罪者がいると言うのに何千人も殺しておいてそのことははっきり証明されたであろうはずなのになんで10年以上も精神鑑定をやって裁判をだらだら続けなければならなかったのでしょうか。
 これこそ国民の税金と時間の無駄であって裁判の高さを低めるものであると思います。

 裁判ではよく精神状態が問題になりますが、麻原は、当時高額のお布施をうまくせしめ何百人という信者を従わせ何百人の罪なき人の殺害を計画命令したその事で十分明確な殺害意志があったのではないでしょうか。
精神状態をもし裁判の必要な要件だとしたらその当時の殺害意志を立証するだけで十分ではないでしょうか。
 それをなんでわざわざ10年以上もたってしまった牢屋に入っているただただ罰を免れようとしてふにゃふにゃ気違いを装っている人間の精神状態をたいそうなことのように調べなければならないのでしょう。

 被告の判定するにあたって被告の精神状態とか殺害意志とかが問題にされるようですが、私はそういうものが判決に必要とも思っていません。
そんな偶然性の条件で決めるのではなく犯罪の結果に対して社会的な程度に応じて判定して罰を科するべきだと思います。

 一般的常識的にはそうなっています。
たとえば簡単な例をあげると、少年たちが住宅街の空き地で草野球をやっているとします。一人の少年がホームランを打ちました。そのボールは隣の家も窓ガラスを割ってしまいました。
 さてこの問題をどうするか、野球をやってること自体は悪くない。ホームランを打ったこと自体は悪くない。しかしボールがガラスを割った時点から問題が発生したんですね。
 普通は、この野球チームの代表かなんかがこの家に言って謝って弁償するんじゃないですか。全体として悪くても悪くなくても。
 それともホームランを打った少年の精神状態を鑑定しますか。精神状態でガラスを割ったことが悪かったり悪くなかったりしますかねえ。
 
 だから精神状態なんかを持ち出すから問題がとんでもない方向にいってしまうんであって結果に対して責任を持てば話は明確になるのです。

 妙なことに刑事裁判に限って大げさに精神状態を取り上げるのです。殺害意志があるかないかで裁判の方向が決まるんだったら交通事故なんて酒酔い運転やよそみによる死亡事故もみんな無罪になってしまいますね、なにせ人を殺す意志ははじめから無かったんですから。

このように一般常識から言えば被告の精神状態や殺害の意志なんてものは全く問題にもならない。
 ただただ犯罪の大きさ程度におおじて罰を与えなければならないのです。

 話はちょっと飛びますが、麻原の三女が現在はさる大学に通っているものの過去に2回入学試験に合格しているにかかわらず入学を拒否されました。
裁判では三女の勝訴で片方は罰金もう片方は拒否を取り消しとなっています。

 麻原彰晃は極悪人ですが、子供は別人格です。もし犯罪にかかわっていたと言うのであれば別ですが、そうでなければ麻原と一緒くたにして罪人扱いにするべきではありません。
 犯罪者の親や家族もやはり同じで親が犯罪を犯したものでないのに社会的な制裁を加えるのは非常によくない。
まして子供である場合は犯罪者である親に依存せざるをえない状況ではあるし一緒にいたからといって犯罪者扱いすべきではないと思います。

仮病の麻原に死刑が近いか

2006-02-21 Tue : 裁判
95年3月、東京の地下鉄で3800人以上の死傷者を出した地下鉄サリン事件の首謀者麻原彰晃の裁判が東京高裁であったが相変わらず演技だか半分本当に頭がおかしいのか質問には無反応で裁判そのものには進展がなかった。

 しかし専門の医師に精神鑑定をさせると裁判はやりたくないが訴訟能力はあるということで、弁護団側から裁判を続ける趣意書というのが提出されないと死刑になる可能性があるそうです。

 2人殺して死刑になる犯罪者がいると言うのに何千人も殺しておいてそのことははっきり証明されたであろうはずなのになんで10年以上も精神鑑定をやって裁判をだらだら続けなければならなかったのでしょうか。
 これこそ国民の税金と時間の無駄であって裁判の高さを低めるものであると思います。

 裁判ではよく精神状態が問題になりますが、麻原は、当時高額のお布施をうまくせしめ何百人という信者を従わせ何百人の罪なき人の殺害を計画命令したその事で十分明確な殺害意志があったのではないでしょうか。
精神状態をもし裁判の必要な要件だとしたらその当時の殺害意志を立証するだけで十分ではないでしょうか。
 それをなんでわざわざ10年以上もたってしまった牢屋に入っているただただ罰を免れようとしてふにゃふにゃ気違いを装っている人間の精神状態をたいそうなことのように調べなければならないのでしょう。

 被告の判定するにあたって被告の精神状態とか殺害意志とかが問題にされるようですが、私はそういうものが判決に必要とも思っていません。
そんな偶然性の条件で決めるのではなく犯罪の結果に対して社会的な程度に応じて判定して罰を科するべきだと思います。

 一般的常識的にはそうなっています。
たとえば簡単な例をあげると、少年たちが住宅街の空き地で草野球をやっているとします。一人の少年がホームランを打ちました。そのボールは隣の家も窓ガラスを割ってしまいました。
 さて子も問題をどうするか、野球をやってること自体は悪くない。ホームランを打ったこと自体は悪くない。しかしボールがガラスを割った時点から問題が発生したんですね。
 普通は、この野球チームの代表かなんかがこの家に言って謝って弁償するんじゃないですか。全体として悪くても悪くなくても。
 それともホームランを打った少年の精神状態を鑑定しますか。精神状態でガラスを割ったことが悪かったり悪くなかったりしますかねえ。
 
 だから精神状態なんかを持ち出すから問題がとんでもない方向にいってしまうんであって結果に対して責任を持てば話は明確になるのです。

 妙なことに刑事裁判に限って大げさに精神状態が取り上げるのです。殺害意志が歩かないかで裁判の方向が決まるんだったら交通事故なんて酒酔い運転やよそみによる死亡事故もみんな無罪になってしまいますね、なにせ人を殺す意志ははじめから無かったんですから。

このように一般常識から言えば被告の精神状態や殺害の意志なんてものは全く問題にもならない。
 ただただ犯罪の大きさ程度におおじて罰を与えなければならないのです。

 話はちょっと飛びますが、麻原の三女が現在はさる大学に通っているものの過去に2回入学試験に合格しているにかかわらず入学を拒否されました。
裁判では三女の勝訴で片方は罰金もう片方は拒否を取り消しとなっています。

 麻原彰晃は極悪人ですが、子供は別人格です。もし犯罪にかかわっていたと言うのであれば別ですが、そうでなければ麻原と一緒くたにして在任扱いにするべきではありません。
 犯罪者の親や家族もやはり同じで親が犯罪を犯したものでないのに社会的な制裁を加えるのは非常によくない。
まして子供である場合は犯罪者である親に依存せざるをえない状況ではあるし一緒にいたからといって犯罪者扱いすべきではないと思います。

アメリカ牛肉への日本の過敏な対応は生産者を困らせている

2006-02-19 Sun : 米国産牛肉
 アメリカの小さな牛肉加工工場のタイソン社は、販売の27%を日本向けにつくっているが廃業に追い込まれました。
日本の厳しいというか度の過ぎる規制はこうやって政治には中立な一般市民を犠牲にしています。
 輸入再開したばかりの牛肉に背骨が入っていたとかでまるでその背骨が病原体そのものであるかのような報道や捉え方をするむきがあるようです。
ひとつの問題点を追求したりしているとだんだんエスカレートしてきて小さなことにもこだわってしまう傾向がマスコミはじめけっこう中立的な人にもあるようですね。
 アメリカはちゃんと検査をしていなかった、確かにそのとおりで、その責任は免れることはできなく罰せられるべきでしょう。
しかしだからといって役所の人間か代官様のようにアメリカこの問題を裁こうとしてはいけないと思います。
何もあめりかは、脅迫してきたわけではなくけんかを売りにきたわけでもなくただ牛肉を買ってくださいと頼みにきたのです。
日本でからは自動車や電化製品やらたくさん買ってもらっている上得意のお客でもあるそのアメリカを、泥棒か押し売りかなんぞの用に玄関先でおっぱらうべきではありません。

 60年前は敵でしたが長い年月交流し今は友人となっているといっていいでしょう。ティーチャーとドクターの国アメリカは、工業では売れない自動車とハーレーダビットソンしか作っていなくて輸出するものは農産物しかありません。牛肉はその柱といえます。だから真剣に頼んでくるのです。
こういう真剣に頼んでくるときにその要求をつっぱねたら、普通の人間関係だったら友人続けるの止めようかどうしようか考えちゃうでしょう。

 日米同盟やめますか、日本人自身が銃をもって戦いますか、あの国と。

 結婚生活と同じですぐ離婚してもいいやというんだったら最初から結婚しないほうがいいでしょう、時間のむだですから。
アメリカと仲良くやっていきたいなら、牛肉問題なんぞでいろいろトラブルけれども何とか解決方法を探し出し両国ともぶれないように緊密に連携していこうと言う意志が必要です。

風刺漫画がきっかけ、が激しすぎないか

2006-02-16 Thu : 国際問題
 デンマーク誌がイスラムの予言者ムハンマドを風刺漫画に書いたことで、世界各地でイスラム支持者による放火や暴動が起こり、死傷者まで出ました。
 宗教や神がかりになるとわずかの批判でも許せないまたそれに周りの者が同調するような雰囲気でもあるのだろうか。宗教というとタブー視されるのかな。オーム真理教の麻原でさんざんな目にあったじゃないですか。
 たかだか漫画を書いただけですよ。ムハンマドを直接愚弄したわけでも批判記事をかいたわけでもない、イスラムを馬鹿にしたわけでもない。
それを殺してしまえと言わんばかりに暴動をおこしている。これは異常としかおもえません。

 そういうと必ず報道の自由は何をしてもいいとは言えないなどと言う人が必ず出てきます。わたしはマスコミがこぞって特定の人間やグループに一斉に同じような非難を浴びせ続けるのは反対しますが、小さな出版社が漫画を書くくらいはいいと思います。その小さな漫画をわざわざ取り上げて問題視し世界中に広めたのはデンマークでお世話になっているイスラムの人なんですね。

 しかしながら見方を変えて考えてみますと、ムハンマド前にはマホメットと言っていましたがイスラム世界が神とするアラーの預言者で最高の人物なんですね。それを侮辱されるというここはイスラムの世界をすべて否定されるに等しい。だから預言者を侮辱するものはそれが誰であれ、絶対に許すことができないし、侮辱したものは死を宣告することとなる。

 キリスト教のイエス様が愚弄されて喜ぶ信者がいるでしょうか。
日本では天皇陛下は日本人の心のよりどころなのであって、その一番の特徴がなくなっても構わないというのであれば他のささいな特徴もなくなってしまってもいいのであってうさんある外国となんら変わり映えはしない。
 
 神聖なものを侮辱されるのはたまらないでしょう。たとえば貧乏の家に生まれた男の子が父親を幼少の時に無くしいらいずーと母親の手で育てられその苦労を男の子は知っている。あるとき同級生が「おまえの母ちゃんはケチで不細工だ」みたいなことをいったとする。少年は非常に悲しみ憤りをもち殺してやりたいと思った。
 神聖なものを侮辱されればそう感じるのは当然かもしれない。

そこでわけがわからなくなってくるのだが、神聖なものを侮辱され傷つけられたならもう殺してしまっていいと思うし、反面言葉のひとつや表現のひとつが理由で暴力や殺人が許されたのならされるほうはたまったものじゃないとも思う。

 昼間ふとこの問題について整合性はないものかと。あった・・・かなあ。
やっぱり漫画が載ったくらいで暴力やっちゃだめですよ。イスラム教は唯一神教で他の神も宗教も認めていない、ただアラーの神のみが絶対で正しいとしている。世界各地で起きている暴動はイスラムがヨーロッパなどのいわば異教徒がわれわれを認めないのはけしからんと言っているんです。
 つまりイスラムを信仰していない人々に対して信仰しないのはけしからんと言っているに等しい。人の宗教も認めないくせにそれならイスラムだけの世界で盲信してればいいのにたかが漫画が書かれたくらいで怒っている。
要するに常に人の評判が気になるらしくて異教徒の外国人に格付けでいい宗教ですよといって権威付けしてもらわないと気がすまないんでしょう。

 ですからあまりにはっきり分かる侮辱的なことならともかく外国人のいったことまでをことさらとりあげて大騒ぎし暴力沙汰にするなと言いたいです。われわれだってありませんか。イギリスの王室やダイアナさん、外国のことを茶化したり。軽い気持ちで言っているのであり、神聖だかどうかを考えちゃあいません。悪気はありません。それが悪いんですか。
 それをいちいちムハンマドは預言者で聖人だからとかいって気にしていたらなにも発言できない窮屈な世界になってしまいます。
 
 そこで結論に近づきましたが、神聖かどうかは国や民族や属している集団にとってのみ神聖でありそれを汚したものには死を与えても結構でしょうが集団以外の人間にそれを強要すべきではない。
 日本では天皇陛下は神聖であり日本人は全員敬うべきであり、天皇陛下を馬鹿にしたような言動をするやつは殴られても仕方がない。
皇族を批判することはタブーであるとも思います。

耐震問題は社会の混乱に向かっている

2006-02-11 Sat : 耐震問題
 福岡で非姉歯の偽装が見つかったとか、熊本では木村建設の物件がが強度不足であるとかまた8つの自治体で審査上で問題があったなどとマスコミが騒いでいます。マスコミはわれわれ国民に有料あるいは無料で情報を提供してくれる大切なものであることは承知しているが、反面偏ったイメージを国民に植え付けてしまうことも事実だと思います。

 マスコミは騒ぎが大きければ大きいほど存在意味は増大するし、儲かってくる仕組みになっています。
 だからわれわれはその点を忘れずに見ていかないといけない。
 
 最初の発端は、早い話が姉歯の関係した建物が震度5の地震に耐えられない。そこで生命に重大な危険があるということで国土省を巻き込んだ問題に発展したんです。
 その点がなかったらマンションの取り壊しのことから出てくる様々な問題は出なかった。

 ところがマスコミはおもしろがって野党は自民党に悪いイメージを植え付けようとしてか、どんどん新しい小さな問題を探し出してきて騒いでいます。

 国会質問だ裁判だといろいろやっても姉歯は完全に有罪ですがそれ以外小嶋もイーホームズも木村も自治体も国土省も有罪にはならないでしょう。
姉歯でさえ書類を変えただけで一人も殺していないしたいした罰はうけないでしょう。

 住民のものであるマンションを強度が不足しているからと追い出してとりこわいことができるとは、どうも今の虚弱な日本全体の体質とはなじまないし本当かなという感じです。

 でも結局何かやるとなるとすべて行き着くところがが国民の税金であがなうことになつちゃうんですよ。そうして小さな政府にして支出を抑えよう音してもこんなことをやっていては逆にどんどんでかい政府、税金のかかる政府になってしまう。

 ここのところにきていろいろ関連したような問題点が出てきたのはわざわざ頼みもしないのにちっちゃなニュースを探しているからなのです。
強度不測とか審査上のミスとか建築後の違法改築とか昔からあったんじゃないんですかね。
 そのとき努力して探さないでいまにからめて騒いでいるんですね。

 違法建築をどんどん拡大して細かいところまで持っていくと結局われわれの身内の違法建築まで検挙しなければならなくなってきます。
そんな昔にまで遡って取り調べて我が家を取り壊しますか。

アメリカは謝っている

2006-02-03 Fri : 米国産牛肉
bse


せっかく再開された牛肉に背骨のついたものが入っていたので輸入はストップされた、これは日米双方にとって残念なことです。
アメリカの牛肉関係者や主力農産物であるアメリカ政府、また日本の消費者や関係業者、アメリカと同盟を結んでいてより強固にしたいと考えている日本政府にとってマイナスでした。

 かつてはアメリカは敵でした、しかし今は紆余曲折はあっても内容のある関係を戦後長い間培ってきたパートナーとなっています。それを骨が混ざっていたからといって頭を下げて今後気をつけますと謝っているのになじりたおす。今後のことを考えるとあまり良くはないと思います。
 きびしく責任を追及することは必要で、関係者を処罰することも今後約束を守るよう厳しくするすることも必要です。
しかし間違いは誰にもある。一回くらいは許してやってもいいんじゃないでしょうか。まず日米は今度のようなトラブルがあってもそれを乗り越えてやがて解決していこうという互いの意思が必要なのであって、代官様が、頭を下げている者をこれでもかこれでもかと言わんばかりに攻め立ててはいけないんじゃないですか。発想が逆ですよ。

 アメリカの高官だか誰かが「アメリカの牛肉を食べてBSEにかかるより牛肉を買いに行って交通事故に遭う確立のほうが高い」といったら早速マスコミが誤るつもりはないのだなどといちゃもんをつけている。
しかしこれは普通の人が普通に考えればそうなるのであって子のアメリカ人を弁護するわけではないが、ただ単に可能性が低いと言っているに過ぎません。
 実際アメリカ人や日本人でBSEにかかった人がいるんですか、何人?いたら教えてもらいたいですね。
鳥インフルエンザは別ですよ。各国で実際にかかった人がほうこくされているわけですから。
危険ではない可能性のほうがはるかに高い。アメリカ人が厳しい日本の基準ではない物を大量に食べていて誰もかかっていない。もしたくさんの人が狂牛病にかかっていたら、アメリカでも日本でも大騒ぎでしょう。日本人の南京大虐殺のように。
 危険らしいから危険だと言っているに過ぎないのです。

だからわれわれ日本人は、裁判官か検事か役所の人間かみたいに否定ばかりしていないでアメリカと仲良くするんだという意欲をもってこの問題を解決していったらいいんじゃないですか。

「マンション耐震性能偽装問題」

2006-02-02 Thu : 耐震問題
ヒューザーの小嶋社長が耐震問題の責任で自治体を訴えに129億円の賠償を請求しました。これは事件が明るみになって初めのほうの記者会見で、記者に責任は誰にありますかとの質問にはっきり「国です」と答えている。
 また「特別法を作らないと解決しない」と言った石原都知事や、国土長長官や安部幹事長の名前を出して、国の責任に振ろうとしていたのでやっぱりという感じでした。

 小嶋社長が訴訟を起こすのに印紙代を2000万円使ったことに対して、国土庁の北川長官が「もったいない、その金を住民のために使えばよかった」といっているが、それはちょっとケチくさい。
 その裁判がどうなるかで住民だけでなくマンションの所有者、そこで働いていた人たち、マンションの周辺の人たちの保障が、またそれに使われる費用にどれだけ税金が使われるか国民にも関わってくる。

 誰にでも訴訟を起こす権利があるのであり、問題の人物だからといってけしからんなどというのは違うと思う。
小嶋氏は当社から今でもまったく罪の意識が無いから記者会見にも国会にもでてまがりなりにも答弁しています。
詐欺まがいの犯罪者に仕立てても、結局犯罪にはならないでしょう。
かりにさぎということになったとしても、罰の規定があることでしょうし無制限に財産をとりたてることが逆にできなくなるでしょう。

 一部の住民がヒューザーに破産を適用して財産の流出を抑えようと、行動にでましたが、損害に関係する人々は住民だけではなくたくさんいるわけですからもしそうなったとしてもわずかしかもらえません。

 また自治体や国を悪者扱いして裁判をやっても国や自治体が、違法建築を奨励したわけでも今回の姉歯の偽装を知っていて知らぬふりをしたわけでもありませんから、てんで裁判で国や自治体が負けるって事はあり得ないと思います。

 はっきり分かっていることは、姉歯建築士は悪いということだけです。それと検査機関のイーホームズ、これは違法かどうかをチェックすることがその仕事の本質だからです。
姉歯の場合でさえ圧力に屈してとかやったのだし、数字を書き換えただけであり直接的ではなく、ましてまだ被害が起こったわけでもないので、刑事責任は、そんなじゃないでしょう、賠償能力も限られているのであまり保障はできないでしょう。

 どこかに悪があるだろうと追求しそこから賠償を引き出そうとしても、裁判を進めていけばいくほど賠償の金額は小さくなってしまうでしょう。
だから、罪をなすりあうのではなくこういう悪いものができたからそれに関係していた会社や自治体、国に結果責任をとってもらいたいとこういう風にもっていかないといけないんじゃないですか。
 何も住民がこの不幸を招いたわけではないが国民が悪いわけでもない。
もう少し要求も我慢すべきところは我慢すべきだとおもいます。

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