時節がらひとりごとー河野談話
不思議な事なことがあるもんだ。河野君のことだがね。
恥ずかしくて穴にでも入ってるのかと思ったらば、衆議院議長なんぞに納まって熊面120%露出してるし。
恐れ多くも天皇陛下の式典など催して熊の頭蓋骨なんぞ突き出したら美智子様に失礼だ。
で、河野談話 ???
間違えました、こうの談話でなくこの談話でした。ハハハ
つまり、この談話。
秋が日に日に深まりましたなあ。コウロギがコロコロ、遠くで野犬がパオーンと鳴いて、ないか。
秋の夜長、パソコンに向かってブログを書く。
しかしなんですなあ。ランキングで上位のブログは訪問人数がすごいですなあ。一日あたり何十人じゃなくて、何百人いや何千人ちゅうことことだと社会的影響力、少なからずありでしょうなあ。
訪問者が多い、するとやっぱり書く気になる。なるとまた訪問者が増える。
これは確かにいい循環だよなあ。
しかし、影響力のあるブログゆえの不自由さもあるて。
ブログを書くったって文章がポコッと出てくるわけではない。
それなりのコンテンツを載せるには、毎日相当量の時間と労力を費やさなければならない。
根拠のないこと書けないんだろうからよくたくさんの記事を調べてるよね。時間がよくあるもんだ。
大変だよね、自分の時間相当削ってるよね。人事だけど。
またたくさんの人が見ているので批判している側とかいろいろ微妙な関係を配慮して論評しなくちゃいけなくなる事があろう、
人事だけど。そうなるてーとストレートな表現じゃいけないかなあなどと思案しなければならない、
たいへんだなあ。人事だけど。
それにあんまり著名になってしまうと、反対者から危害を加えられるなど、差し迫った現実が起きるかもしれん。
たとえばイスラムの神を冒涜したとして死刑判決を受け刺客を送られた名前忘れたがヨーロッパの作家の例など。
日本の場合も違ったケースで無きにしも非ず。
それでだ。
そこへいくと人気のないブログはいいもんだ。長所ありですよ。
毎日書かなけりゃならんという義務感ははなからなし。
書いて影響を与えるであろう人々の感情を配慮して筆がにぶるということもなし。
ましてや身の危険を感じるということはさらさらなし。
時に社会的弱者の批判をしたり、時に有名人を汚い言葉で罵ったり、世間の常識と正反対の事を言ったりと。
好き勝手に。
自由なんだよ、
誰に気兼ねすることなく、書きたいとき書きたいことを好きなだけ書く。
これだね。これが最高に重要なんだよ。
だから勝手に書くんだ。
そう、自由だ、自由だ。
自らの感性で書くのだ。自由だ、飛んでいる、飛んでいる、飛翔している。
ハハハ、思想が飛翔してるんだ、ハハハ飛翔している。
ハハハ、ハハハ、ハハハのハ。
パオーン!
シーン
誰だ! 「負け犬の遠吠え」っつったのは!!
シーン
誰も聞いてネーか。
アホタレ! ホハ。
恥ずかしくて穴にでも入ってるのかと思ったらば、衆議院議長なんぞに納まって熊面120%露出してるし。
恐れ多くも天皇陛下の式典など催して熊の頭蓋骨なんぞ突き出したら美智子様に失礼だ。
で、河野談話 ???
間違えました、こうの談話でなくこの談話でした。ハハハ
つまり、この談話。
秋が日に日に深まりましたなあ。コウロギがコロコロ、遠くで野犬がパオーンと鳴いて、ないか。
秋の夜長、パソコンに向かってブログを書く。
しかしなんですなあ。ランキングで上位のブログは訪問人数がすごいですなあ。一日あたり何十人じゃなくて、何百人いや何千人ちゅうことことだと社会的影響力、少なからずありでしょうなあ。
訪問者が多い、するとやっぱり書く気になる。なるとまた訪問者が増える。
これは確かにいい循環だよなあ。
しかし、影響力のあるブログゆえの不自由さもあるて。
ブログを書くったって文章がポコッと出てくるわけではない。
それなりのコンテンツを載せるには、毎日相当量の時間と労力を費やさなければならない。
根拠のないこと書けないんだろうからよくたくさんの記事を調べてるよね。時間がよくあるもんだ。
大変だよね、自分の時間相当削ってるよね。人事だけど。
またたくさんの人が見ているので批判している側とかいろいろ微妙な関係を配慮して論評しなくちゃいけなくなる事があろう、
人事だけど。そうなるてーとストレートな表現じゃいけないかなあなどと思案しなければならない、
たいへんだなあ。人事だけど。
それにあんまり著名になってしまうと、反対者から危害を加えられるなど、差し迫った現実が起きるかもしれん。
たとえばイスラムの神を冒涜したとして死刑判決を受け刺客を送られた名前忘れたがヨーロッパの作家の例など。
日本の場合も違ったケースで無きにしも非ず。
それでだ。
そこへいくと人気のないブログはいいもんだ。長所ありですよ。
毎日書かなけりゃならんという義務感ははなからなし。
書いて影響を与えるであろう人々の感情を配慮して筆がにぶるということもなし。
ましてや身の危険を感じるということはさらさらなし。
時に社会的弱者の批判をしたり、時に有名人を汚い言葉で罵ったり、世間の常識と正反対の事を言ったりと。
好き勝手に。
自由なんだよ、
誰に気兼ねすることなく、書きたいとき書きたいことを好きなだけ書く。
これだね。これが最高に重要なんだよ。
だから勝手に書くんだ。
そう、自由だ、自由だ。
自らの感性で書くのだ。自由だ、飛んでいる、飛んでいる、飛翔している。
ハハハ、思想が飛翔してるんだ、ハハハ飛翔している。
ハハハ、ハハハ、ハハハのハ。
パオーン!
シーン
誰だ! 「負け犬の遠吠え」っつったのは!!
シーン
誰も聞いてネーか。
アホタレ! ホハ。
パラリンピック、一部の人が使用するのが妥当か
トリノでパラリンピックが3月10日から開催されるそうです。障害者も健常者と同等にオリンピックで活躍できる、何かそういうイメージがあります。
でもパラリンピックの選手のスキーかなんかで滑っている姿は元気いっぱいで足が不自由以外はまったく普通の人と変わりはありません、というかさらに元気なくらいです。
足が不自由な人がやれるだけで大多数の障害のある人たちはやりたくてもやれません。ほんの一握りの生活にまったく支障のない障害者が対象なんですね。なにも結局は誰かさんの税金を使ってごく一部の人たちを喜ばせなくてもいいと思いますが。
世界が決めたことだから世界のルールに従わなければならないなどとかた苦しいことを考える必要はありません。議会制民主主義発祥のイギリス政府が1951年に両下肢麻痺の障害者のためのリハビリではじめたもので東京大会のとき造語でパラリンピックとなったそうです。もともとが足の不自由な人のためだけの大会だったんですね。
大変なお金をつぎ込んだ世界の大会です、せっかくの施設一部の人のためだけに使わないで一般大衆大多数の人々のために使いましょうよ。アマチュアの大会をやってもいいんじゃないですか。
でもパラリンピックの選手のスキーかなんかで滑っている姿は元気いっぱいで足が不自由以外はまったく普通の人と変わりはありません、というかさらに元気なくらいです。
足が不自由な人がやれるだけで大多数の障害のある人たちはやりたくてもやれません。ほんの一握りの生活にまったく支障のない障害者が対象なんですね。なにも結局は誰かさんの税金を使ってごく一部の人たちを喜ばせなくてもいいと思いますが。
世界が決めたことだから世界のルールに従わなければならないなどとかた苦しいことを考える必要はありません。議会制民主主義発祥のイギリス政府が1951年に両下肢麻痺の障害者のためのリハビリではじめたもので東京大会のとき造語でパラリンピックとなったそうです。もともとが足の不自由な人のためだけの大会だったんですね。
大変なお金をつぎ込んだ世界の大会です、せっかくの施設一部の人のためだけに使わないで一般大衆大多数の人々のために使いましょうよ。アマチュアの大会をやってもいいんじゃないですか。
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